「オルフェウスの窓」を読んだ。ユスーポフ家に転んだ。(主に侯爵に転んだ)
先日、きっかけがあり「オルフェウスの窓」を初めて読みました。
こういうのがあるのでネットはやめられません。出会いは大事です。
まず初めにきっかけをくださった方にありがとうございますを言いたいです。
大感謝です。
そしてこの作品を描いてくださった池田理代子さんに大感謝です。
読んではうだうだしてツイッターに書き込んでみたりまた再読したり、旦那に愚痴を言ってみたりを繰り返してたんですが、ツイッターじゃ足りないぜ!!って感じなのでまたブログを広げてます。
レビューではないんで未読の人には何がなんだかだと思います。てかこんなの読んでる未読勢だったら今すぐ「オルフェウスの窓」を読むのがいいと思います。
あとネタバレは色々でると思うんで未読の人はやはり読まない方が吉。
往年のファンの人はニワカがうだうだ言ってるだけなんでいらっとくるかもしれませんが、作品の力が巨大なのでこういうのも引っ張り上げてしまうから仕方ないなと笑って許してくれると嬉しいです。(あと初読了直後でこううわごとを繰り返してる最中というか・・・)
さて、感想というか愚痴というかうわごとというか何ですか
まずはなんで今まで読んでこなかったんだ自分、って感じですね。
池田さんは旦那の担当でベルばらも結婚して旦那の蔵書から改めて読み直した感じです。あと出崎カルテットの大ファンなんで「お兄様へ」はアニメから入って読んでました。でもオルフェウスの窓は読んでなかったです。
今回、家に文庫で2巻まであったんで読みだしたらあんまり面白いものだから後続巻も入手してきたんですが、あんまり面白いんで読み終わるのがイヤなくらいでした。
とても華やかだったり設定がドラマチックなんだけどこう駒のような登場人物がいなくてモーリッツのようななんか駄目駄目な子供もその生い立ちからくる「愛されて育った子供」の健やかさと健全さがあったりしてその人の失敗も後悔も行動も喜びも悲しみも納得できるというか、あとみんなちゃんと生きている。
最初の舞台が音楽学校という事で「音楽」が大きな軸で話が転がっていくんだけど、この音楽と祖国の革命に引き裂かれるあたりとか「変奏曲」のエドナンを彷彿させるなぁと思ったり、バルバラ姉さまが本当にかわいいなぁ、すてきだなぁとか・・・いや、女性いいですよね。
いや、本当にバルバラさん大好きで。
高野圭吾さんの訳詞にある、
バルバリ バルバラ 世界は回る
空を ごらん もうじきに春
年ごとのリラ それが人生よ
さぁ 涙をおふきよ
のままに幸せになってほしいなぁと思うのです。
て、ここまで前置きなんですが、第1部のラスト、なんか読んだ気がするんでここまでは以前読んだ可能性も高いんですが、第2部を読み終えた時点で既に終わりたくなくてまた最初から読み直してたりしたんですが、こう色々本番は文庫6巻からの第3部ですね・・・
まぁ、第3部というよりユスーポフ侯、この人でしょう。
かっこいいじゃん、この人。ビジュアル、大好き!!!
・・・ごめんなさい、ミーハーです。
レオニード・ユスーポフ候。
ロシア帝国、ロマノフ王朝、最後の皇帝、ニコラス2世に仕えた陸軍軍人で侯爵家の若き当主。
これだけでもうすでにつぼなんですが、この人、かっこいい上にめっちゃ、馬鹿だった・・・。
その馬鹿さ加減が本当につぼだった・・・。
有能なんですよ。すっごい軍人として秀でてるの。
でも、頭がいいの。すごい状況みてるの。
軍人としてロシア帝国に、ロマノフ王朝に、ニコラス2世に仕えてるんだけど貴族社会が腐ってる事ももうロシア帝国が斜陽の真っただ中にある事も冷静にみてるの。
で、その中でただただ盲目にニコラス2世につかえてるわけでもないの。
さいごのさいごまでこの時代の中でロマノフ王朝が残っていくためにはどうしたらいいのかというのを歯を食いしばって模索して行動に移し続ける。
理想だけに凝り固まってるわけでもない、時代が変わり目だという事もちゃんと理解してる。
理想だけが高くて色々あっけらかんと手放してしまうというのでもないの。
そういう意味ではちゃんとしぶといの。
自分の出来る事は全部やるし、絶えるし、泥も被るの。
そういうふてぶてしい所も大好きなの。
でもさいごはやっぱり、どうにもならなくなっても「ニコラス2世を守る軍人」として火のような塊の人だったりする。
・・・こう、馬鹿でしょ、本当に馬鹿。
色々、判ったうえで冷静に自分にできうる限りの最善手を打って、打ちどまりになって引き返せない所に来ても絶望するでなく自分の情熱を全うしようとする。
情熱も胆力も行動力も洞察力も兼ね揃えている。
青い炎が一番、あついんよ・・・・(涙)
もう多分この人の人生、ある意味幸せなのよ・・・ファンとしてはこう「穏やかな幸せを。」とか思うんだけど、そういうの幸せじゃないんだよ、この人。
・・・でもつらい。死んじゃいや。
もう、それはもうユスーポフ候じゃないとか判っててもあんな苛烈な幸せじゃなくて柔らかい幸せに包まれてほしかった・・・
・・・いや、何がそれなのか本当に想像がつかないんだけどさ、そんなの。
あと、あんなにあからさまなのに女性への恋心に対する気づきが、自覚がないとかな・・・
あと、ライバルと対等でいたいからって恋敵をこっそり何度も助けちゃうとかな・・・
なんでそんなところだけ真っすぐ純真で子供なん・・・
ユリウスだって転びかけてんだからどんな手を使っても落としちゃえばよかったのに・・・(それはユスーポフ候ではない・・・)
ユスーポフ家ですが、侯爵のレオニード、その妹のヴィーラ、そして弟のリュドミールが皆さん、素敵です。
いや、特に兄と妹である、レオニードとヴィーラが。レオニードとか呼び捨てにするのが心もとないのでユスーポフ候とヴィーラと言いますが、この兄妹の関係が見事すぎる。
二人とも強くもあり、弱くもあり、脆くもあり、でもやっぱり強い。
そして二人とも頭がいい上に潔い。潔さすぎる・・・。
でもさぁ、ちゃんと情熱もあるんよ・・・お人形さんじゃないの・・・
あんなに勘が良くて頭がいいと幸せになれないんよ・・・(いや、二人とも十分幸せなんだけど・・・)
もう、なに、この二律背反な感じ・・(いや、なんか違うんだけどこうなのみたいな・・・)
ヴィーラは女性で基礎体力が高いから生き残るけど、ユスーポフ候は男性だからそうはいかないんだよ・・・(うわーーん。)
なに、もう、大好き・・・(色々ドッカンし過ぎて頭はすでにいっちゃてるもよう)
こうね、この兄妹の関わりというかお互いがお互いを理解して大切にしてる様が本当に美しくてね。
そいで、ヴィーラがある意味での「男たちの美学」のずるさをぐっさり見抜いてる所とかな・・・そしてたぶん、そのずるさと愚かしさをユスーポフ候はちゃんとわかっている。
わかっているんだけどその道を進むしかないのよ。
・・・そうよ、そういうユスーポフ候だから自分も転んだんだよ。
だけどつらいじゃん。こう心許しあった人たちと柔らかい幸せにも包まれてほしかったじゃん。(←本当にそうなったら真綿で首を絞められるかんじかもしれないけど・・)
そういう意味ではリュドミール君がヴィーラに救いをもらたしたのは嬉しかった。
ヴィーラが「報われた」と思える瞬間があってよかった。
嬉しい。
それがヴィーラの色々を溶かして彼女が幸せになれるといいのに・・・(祈願)
あと初見はユスーポフ候の部下のセイゲル大尉がユスーポフ候の事大好き過ぎるだろうと思ったんだけど(そしてそれは読み込むたびに確信に変わるんだけど)再読するごとユスーポフ候もセイゲル大尉の事大好き過ぎるだろうと気づかせてくれる。
・・・うわぁー!!って感じだったりする。
いやね、ユスーポフ候、恋をするユリウスの事、軍人として守るべき対象としてのニコラス2世とロマノフ家、情熱的に大切なのよ。
そしてそこもすっごくなんかいいの。
でもね、セイゲル大尉の事はもう空気なの。ひとつの命を分け合っちゃってるの。
信頼とか信用とか色々超えちゃってるの。もう疑うとかそういう必要ないの。
それは情熱じゃないの。こう、もう動かしがたい現実なの。
で、自分ではない他者を自分の中のカテゴリーでそう決まっちゃうことが相手に対してある意味失礼な事も重々承知してるの。
自分の我儘っぷりをすごいわきまえてるの。
でもその人にある意味甘えてるもんだからそれを吐露しちゃうの・・・
もう、つぼるしかないでしょ・・・
(いや、怒られるかもしれんが(誰にだ)
本当になんかそういう馬鹿さ加減が可愛らしいというか愛らしいというかな・・・)
セイゲル君の方は一つの命を分け合っちゃってるんだけどもうこっちは情熱的よね。(←私見)
ひとつの命をわけあっちゃってるっていうか、セイゲル君にとってユスーポフ候が命なのね。セイゲル君の。
まぁ、ある意味盲目的なんだけど、こういうの好きだな。
いや、だからちょっとすれ違うんだよ。なんか微妙にすれ違うの。
でもひとつの命を分け合っちゃってるのも間違えないの・・・
だからすごい切ない部分もあるの・・・。
この二人をみててもオルフェウスの窓の終盤でダーヴィットの独白ともとれる
「人間と人間のふれあいというものは・・・
で始まる文章はぐっとくるものがある。
もう、登場人物みんなうまくいかなかったり、不器用だったり、小器用な自分に傷ついたり、卑怯だったり、絶望したりする。
でも人と関わったり、愛したり、感動したり、心を傾ける事をやめる事も出来ない。
なんかみんな自分の生を生き切ってるんだよね・・・。
もうさ、正直、ユスーポフ候がいっちゃうと一瞬もう読まなくてもいいやって気にもなるんだけどどうしても最後まで読んじゃうのはバルバラ姉さまとダーヴィットの幸せが待ってるからだよね。
「素晴らしい青春を篭絡しに。」
もう、なにこれって感じで素晴らしい。
やっぱり人生って生きるに値するんだよ。
何かに心を傾けるってそれだけの価値があるんだよ。
辛くても苦しくても、よしんば傍から見たら無意味にみえても。
だからさいごまで読むとユスーポフ候がちゃんと幸せだったことは判るの。
納得も出来るの。
だけど、こうお話とかぶち壊しでも、人生ぶち壊しでも、
安直に幸せに見える顛末をみたかったよーとかも思わせてしまうあたりこの作品凄いっす。
てか、多分、ファンの声はそういうのいっぱいあったと思うんだ。
ユリウスとミハイロフの二人なんか特に。
でもそれをやったらその人たちはもっと違う意味で致命的に死んじゃったと思うんだ。
でもそうならなかった池田理代子さんの「オルフェウスの窓」に注いだ愛情と情熱は半端なかったんだろうなと思うと遅くなったけどこの作品に出会えてよかったと心から思うな。
でもなんかオフでのんびりしたユスーポフ候とか見たいよね。
音楽とか聴いてお茶とか飲んじゃうの・・・
セルゲイ君もそこに当たり前のようにいたりするの・・・
いいよね、つかの間の休息って。
・・・こうやって妄想はたくましく育っていくのだった。
知らないとは言えユリウスとミハイロフをシャールとディーンに間違えたのは大変失礼だったけど、自分的には大ラッキーだった。
そして麗しかった。
・・・・ユスーポフ候はもっと美しかったけど!!!
あと、ロシア文学とドイツ文学を色々読み返したくなった。
クラシックも色々かけながら「オルフェウスの窓」を読むのは楽しい。
皇帝は勿論、ピアノ協奏曲は作品にあうね。
彼らの休息には「ショパン」とか透明な感じがいいかも。
もう一度いうけど未読の人は「オルフェウスの窓」よむといいよ。