ものぐさ人間論―岸田秀対談集

ものぐさ人間論―岸田秀対談集

ネタバレ有り。

満足感 星5

内容
岸田秀と鳥山敏子、中島梓、花井愛子、福島章落合恵子天野祐吉、山折哲夫、奥本大三郎内田春菊松本健一山口昌男らとの対談集。
「人間は本能の壊れた動物である。」「すべては幻想である。」という岸田秀の唯幻論をもとに社会の、人間の事柄を解きほぐしていく。
「ものわかりのいい親ほど危ない」「ヴァーチャルに泳ぐ子供達」「女子中学生の気持ち」青少年犯罪の未来」レイプ神話の解体」「ものぐさマインドコントロール」「尊厳死の行方」「惑いの国ニッポン」「マンネリこそは偉大なるエネルギー」「官能と性愛の間」「母親幻想=アジア幻想」「せめぎ合う民族摩擦の時代」と表題を拾っただけでもスリリングな内容はうかがい知れる。
岸田秀でなければ集まらなかったであろう、バラエティと個性に富んだ人選。
子供達、女達、男達、日本という国、アメリカという国、教育の在り方、性と近親姦の現実と問題点。親子関係について、労働と教育について、戦争と、日本文化、そして世界文化。話題は縦横無尽に展開される。
この中の対談から1冊の著書に発展するものもいくつかある。
読み終わると確実に賢くなったような気になる。マインドコントロールされているのか。
宗教、政治、国家など人間の生活の根本となっている事柄にも突っ込んだ議論がなされている。
必読の書といえるだろう。

書評
なにしろ岸田秀の言論は何十年も前から一本筋が通っておりぶれることがない。
岸田秀という人物を起点として各界の個性的な人々との間で交わされる対話はスリリングで興味深い。
1996年出版であり、対談は1992年から1996年にかけてなされたものである。
が、一つとして古くなっているものはない。
性と男女の話に多くの紙面が割かれているように感じる。性の事、生理の事、セックスの事、性愛の事、強姦の事。が多面的に取り上げられている。
自閉症児に対する偏見と誤解、現状と脳科学の話。精神障害と犯罪。宮崎事件への言及。
生と死の話。尊厳死についての言及。
母親との関係。
難しく、内にこもりがちな内容を「語り」という特色を最大限に生かして優しく読み解いていく。
また、対談形式であり、質問を挟んでいくことで読者にも色々な事柄が理解しやすいような構造となっている。
根底に流れるものが「人間は本能の壊れた動物である。」「すべては幻想である。」という岸田秀の唯幻論をもとにしているため、どうしても内容が重複する部分も多いが大事なことなので何度繰り返しても繰り返しすぎということはないだろう。
これまでの人間社会が、日本社会が、国際社会が、何をなしてきたか、そして現状、どんな位置にいるのか、これからどうなっていくのか丁寧に展開される。

「青少年犯罪の未来学」では青少年犯罪を隔離すべきか開放すべきかといった議論もなされる。
こういういい方はどうかとは思うがタイムリーな話題といえるだろう。措置入院と治療の可能性。精神障碍者への偏見、脳の傷がもたらす人格障害と母子関係のかかわり。ポルノと犯罪の関係。犯罪の集団心理。
つかまえたらそれでよしというわけではない世界が展開される。
読んでいると無関係な人間は一人としていないということが認識され恐怖を抱く。(ここで自分は関係ないと思える人はよほど人間ができているかどうしようもない人間かの2極に分かれると思われる。)

尊厳死の行方」はどうだろうか。
生と死について、武士の美学と庶民のみじめな死との対比。自殺、殉教について。修行者の往生死。土葬と火葬の考え方。日本と西欧世界の臓器移植への反応の違い。告知の問題。
人間、一度は必ず死ぬのだからその前にじっくりと考えておくために読んでおきたい文章といえる。
「最先端医療と医者」の話は現代日本において現代医療の恩恵にあずかっている一人として無関心ではいられない内容となっている。

「惑いの国ニッポン」では神経症と近代日本という話題を皮切りに日本と世界との関わりとを解きほぐしていく。「日本は鎖国したがっている。」という言葉はなかなか怖いが、深い洞察に満ちている。収容所での労働など極限の中で行われる事柄に対する対話も興味深い。
森田療法とフロイドとの共通点と問題点。真っ向から否定するだけでなく、きちんと分析していく姿勢に誠実性が感じられる。

全編を通して人間への理解と共感、そして信頼が感じられる。
それも盲目的なそれではなく、徹底的に考え抜き、考察された上での信頼であり、共感である。
社会への還元など岸田秀の仕事は素晴らしい。

読み取るべき点。
難しい、本質的な事柄を簡素な文章でわかりやすく伝えてくれている。きちんと読み取ることが大人の責任だろう。

すでに鬼籍に入った対談者も存在する。その知性と見識を読み取ることは大きな財産を受け取ることに他ならない。

岸田秀の唯幻論を理解するうえでも大切な1冊。大切に読み継いでいきたい。