読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ネタバレあり

満足感 星5

内容
山之口獏の仕事のうち、評論をまとめたのが本書。詩論、詩人論、沖縄からなる。
著書の児童詩も含まれる。
沖縄出身の詩人であり、絵描きであり、踊り手の名手であった著者による厳しくも暖かい筆によって書かれた評論と詩が内容となる。詩は25編となる。沖縄の評論としては絵画、風土、戦争、方言と記述は多岐にわたる。彼の沖縄に対する憧憬、戦争のむごさ、彼の喪われた故郷について冷静で緻密でそれでいて暖かい内容は胸に迫るものがある。詩論では自作の詩を取り上げ、現代詩の可能性と問題点を探っていく。「詩とは何か」という中々回答の出ない問いに一つの回答を差し出す姿はさすがというほかない。
詩人論については中原中也、金子光春、高橋新吉、霜多正次、火野葦平、自身山之口獏などを取り上げ、長文、短文で詩と詩人について論じていくその鮮やかな切り口と慈愛と優しさに満ちたまなざしが美しい。
児童詩は、元々難しいことも優しく語る言葉が、児童向けとあってさらに判りやすく理解しやすい世界が示されている。ただ、やさしいといっても子供相手に手加減をしているわけではなく、その世界は真理と宇宙のありようを示している。本当の言葉であれば子供であっても伝わるはずだという山之口獏の良心がうかがうことができる。
「生きているうちは放浪詩人の「放浪」を脱ぎ棄てない。」という彼の言葉は詩人としての覚悟のほどを表している。
様々な雑誌などに掲載された文章を1冊にまとめた功績は大きい。

書評
「学校への道で
 たべても たべても
 たりないみたいで、
 けさも また
 ごはんをたべすぎた

 いつもの道を歩いてきて、
 ふと みあげた
 カキの木。
 すきとおるような
 空の青
 うまそうに赤い
 カキの実。

 けさは こんなに
 おなかがいっぱいなのに、
 もう また ぼくはたべたくて
 カキの実のあまみが
 したにつたわってきた。」

獏さんの詩はいつも素朴でわかりやすい言葉で世界を語る。子供たちにその世界はどう映るだろうか。私自身は小学校3年生の時に彼の詩に出会った。一目で夢中になり2年越しでその詩集を探した。むさぼるように読みふけり大人になった。
これらの美しい日本語は日本のもっとも良質な財産の一つに数えることができるだろう。何度でも子供たちに読んで聞かせてあげたい。

詩論については厳しくそして暖かい彼の視点が美しい。自身の詩について論じることができるのは素晴らしいだろう。現代詩の始まりとその可能性、そして問題点を鋭く映し出す。「詩とは何か」という中々難しい問題に一つの回答を提示することができているのは彼の洞察の深さと誠実さを表している。単なる評論としてだけでなく、読み物としても面白く、興味深い。
風刺詩鑑賞では風刺詩として評される自身の詩について戸惑いながらもフィードバックしていく様子は楽しい。
現代詩講座選評は読むと自分も詩を書けるような幸せな錯覚をもたらしてくれる。
「詩は人間が書かなくてはならないからで、」とはじまる言葉は厳しいが、詩の本質を表している。

詩人論については沢山の才能ある詩人たちの私生活とその創作の秘密に迫っていて読んでいてわくわくする。「中原中也の事」など短いながら中也の本質と山之口獏の実直さをよく表している。
それぞれの評論の清潔で美しい文章はまとまったものを読むと本当に読みごたえがある。

沖縄については戦争、風土、絵画、言葉などについて書かれており、彼の故郷、沖縄に対する憧憬、喪失を読み取ることができる。
誠実に読み進んでいけば、日本が沖縄にしたこと、取り返しのつかない罪悪、そして今なお行われている事柄に向き合うことになる。それは厳しくつらいものだが避けて通ることはできないだろう。

彼が残したものはなんだったのか。詩だけでなく、その思想も一つの財産であろう。それを追うことができるのが本書となっている。読んでいると美しい言葉に酔うこともできるが、厳しい現実を突き付けられ唖然とする箇所も少なくない。
彼が亡くなってもう随分、時がたってしまったが内容は古くなっていない。現代詩の起源を知る上でも外せない1冊だ。

読み取るべきポイント
金子光春にして「日本の現代詩は山之口獏のような人からはじまる。」と言わしめた、山之口獏の評論と児童詩の世界を堪能すること。(金子光春は「山之口獏からはじまる」としたかったそうだが、山之口獏が遠慮して「ような」を入れたそうだ。

日本が沖縄に対して行った(行っている)罪悪、いまだ続く、差別を知り、自覚すること。

現代詩の創世における山之口獏の立ち位置と詩人たちの私生活とその関係、創作の秘密に触れる事。